17. なぜハラキリ? 武士の死に方 ≪魚のおろし方≫

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☆1  「ハラキリ」というのは ?

武士が責任をとって自殺する時、腹を刀で横一文字に切って死ぬ方法。 源平争乱の頃から始まり、しだいに武士の死に方として一般化したと言われます。自分で腹を切るのは苦痛を伴うことから、自分の真心を人に示すことができる、名誉ある死と考えられるようになりました。

誰でもが「ハラキリ」できるわけではなく、上級武士にだけ許される特別な格のある死に方ということにしたのです。切腹が許されない場合の死刑は斬首。

いずれにしても死刑なのだから、斬首でも同じことではないかと思われるかもしれませんが、他人に切られる斬首になるとただの罪人になり、「名誉」を重んじる武士にとっては大変不名誉なことだとされていました。

 

☆2  有名な切腹の話といえば

例えば、秀吉の「備中高松城の水攻め」(1582年)の時、城主、水野宗治は、家来たち全員の助命と引き換えに、自分は城の外、水上の小舟の上で、敵・味方みなが見守るなか切腹し、降伏の儀式としました。

あるいは赤穂浪士の、赤穂藩のお殿様は江戸城中で吉良上野介(きらこうづけのすけ)(*1)に切りかかったため切腹させられ、浪士たち47人は吉良の首を取ったあと、徳川幕府の命令で全員切腹ということになりました。白装束で身をかため、辞世の句などをよんで、格調高く死を迎えます。      

実際には、腹を切るだけでは死ねないので、すぐその後、後ろに控えた介錯(かいしゃく)人が首を落としました。

敵将に切腹させる時などは、首を人に見せなければ死んだという確証にならないため、首をとるということは重要なことでした。

それにしても、処刑の方法は世界中様々ありますが、「なぜ、腹を切る?」と外国人は不思議に思います。

 

☆3 「 ハラキリ」と魚

  私の夫は魚釣りが趣味で、若い頃はよく休みの日に、魚を釣って帰りました。私は「鯛茶づけ」が大好きなので、「鯛をおろして(さばいて)」お刺身のように切り、鯛茶づけにしていました。

真鯛

 以前、石田英一郎さんの『日本文化論』の中に「日本は様々なものを外国から取り入れたが、入らなかったものもある。その1つが宦官制度である。」と書いてありました。

 ある時、どうして「宦官制度」は中国から日本に入って来なかったのだろうと考えながら、次々鯛のおなかを切り、頭をおとしていましたら、突然、「あ!  切腹は魚のおろし方からきているのか!」と思い当たりました。まさに、おなかをグイと切りさいて、頭を切り落とすではありませんか。

  慣れていない人が見たら、ずいぶん残酷なことをしていると思うでしょうか。

 

☆4  「宦官(かんがん)」の習慣

  宦官は、古来多くの牧畜地域に存在しており(*2)、身近な動物との関係の中でできた牧畜文化の習慣です。

家畜を去勢するというのは、植物文化の我々から見ると、人間が動物を管理しやすいように、全く人間の都合で、他種族の雄の機能をなくしてしまうのですから、人間の傲慢の極みのように思えます。 しかし、 牧畜社会では動物との力のつばぜり合いの中で、やむにやまれぬ必要性から生まれたのでしょう。

  テレビで、アメリカの牧場の光景を見た時は驚きました。牛が一頭通れるほどの狭い通路のようになっている柵の中に、1頭づつ牛が次から次へと送り込まれ、10秒おきくらいにカチャン、カチャンと、いとも簡単に去勢されていました。これが牧畜の世界!

 

☆5  身近な習慣を人間にも応用?

英語を習い始めた時、牛の中でも、雄牛はbull、去勢牛は ox などと教えられましたが、「去勢牛」とは何のことか全くわからないほど、日本人は「去勢」ということに無知です。日本では、牧畜の知識も技術もなかったのですから、宦官制度が日本に入らなかったのは当然のことでした。

牧畜文化圏では、家畜の牛の名前が bull,  ox,  cow,  bullock など、くわしく分かれているように、日本では魚の名前が、「わかし、いなだ、わらさ、はまち、ぶり」など年令によって細かく区別されていたりして、海岸部の人たちにとって魚は大変身近な存在です。

東北や北陸地方では、魚を天井からつるして干す時、「魚の腹を切って頭の方からつるすと切腹して首をつるということになり、よくないので、尾の方からつるすのだ」と土地の人が説明しているのを聞いたことがあります。漁村の人たちに聞けば、「切腹が魚のさばき方からきているのは当たり前じゃないか」と、笑われるかもしれません。

 

☆6  イメージアップ

  最初は魚からの発想だったものが、江戸時代、勇気を見せたい武士の自決法として定着しました。さらに儀式化して格好をつけたかったので、呼び方も「やまとことば」の「ハラキリ」ではなく、漢字語読み(音読み)の「切腹」にしました。

  全く同じ意味ですが「ハラキリ」というと、生活に密着した日常語なので直接的ではっきりわかりすぎます。「セップク」と音読みにすると、音が意味と微妙に離れ、抽象的、高級感覚になるのでイメージが良くなります。 (*3)

  武士の儀式は、自殺式でも格調高くあるべきだという誇りがありました。

 

☆7  「切腹は魚のおろし方からきていると思いますが・・・」

と私の「発見」を言うと、10人中9人には一笑に付されてしまいます。もっとも、最近では魚を1匹丸のままから自分の手で料理する人が少ないので、実感がとらえにくいとは思いますが・・・

  というより、「切腹」を武士の格式ある儀式にまでイメージを高めることに成功したのだから、絶対に魚のおろし方などと結び付けてほしくない、という思いが強いのでしょう。

 

ひとことで言うと

「ハラキリ」は、生活に密着した魚のおろし方 ― おなかを切って頭を切り落とす ― から思いついた死に方(だと私は確信しています)。

 

―――   *   ―――

*1  吉良上野介の「上野」介を「こうづけ」のすけ、と読むのは、「15.『中国地方』はなぜ『中国』?」の*3を参照

*2  イスラム以前のペルシャ王宮にも、古代エジプト、メソポタミアの王宮にも、東ローマ帝国のビザンチン帝国の王宮も、インドのムガール朝、中国にも、宦官制度はありました。アジアの牧畜民族は、動物の雄を去勢する知識を牧畜技術として持っていたのです。

   『日本文化論』   石田英一郎   筑摩書房  1969、  ちくま文庫  1987

*3  「やまとことば」と「漢字語」については「カテゴリー  ことば」の中の「お受験という言葉はなぜおかしい?  やまとことばと漢字語」参照