結論を先に言うと、日本人にとってはどちらでもいいということですが、なぜどちらでもいいのでしょうか? 外国人に聞かれたら何と説明したらいいですか。
6世紀頃まで呼ばれていた国の名「倭国」をきらって、7世紀に新しい国の名前を「日のもと」にしました。 この「やまとことば」の「日の本」を「漢字語」にして中国語風(音読み)にすると、原則的には「ニッポン」になります。 (*1)
☆1 読み方の原則というのは何?
中国語から入ってきた「漢字語」を日本人が日本風に読むとき、発音しやすいようにした言い方をまとめたもので、『漢字と日本語教育』(福田知行)を参考にしています。
「日本」は「ニチ+ホン」ですが、「ニチ」という音は後にどの音がくるかによって「ニチ」という音が変わります。
「ニチ」という音に、カ行、サ行、タ行、ハ行の音がつづくと「ニチ」と発音しにくいので「ニッ」という小さい「ッ」の音(促音)になり、
例えば
「ニチ」+ カ行( k- ) → 「ニッ」+ k – 日光(ニッコウ)、日刊(ニッカン)
「ニチ」+サ行( s- ) → 「ニッ」+ s- 日数(ニッスウ)、日誌(ニッシ)
「ニチ」+タ行( t- )→ 「ニッ」+ t – 日程(ニッテイ)、日当(ニットウ)
「ニチ」+ ハ行(h- ) → 「ニッ」+ p – 日報(ニッポウ)、日本(ニッポン)
となり、「ニチ+ ホン」は「ニッポン」になります。
カ、サ、タ、ハ行以外の語がつく場合は、→「ニチ」のまま。 例えば
日銀、日南、日英、日米、日没、日常、日用品、日蓮・・・
☆2 「ニッポン」と「ニホン」
ということで、原則的には「日本」は「ニッポン」になり、「2本」が「ニホン」ですが、江戸時代、特に江戸で「日本」を短く「ニホン」と言うようになりました。
江戸っ子は気が短いのか、江戸では小さな「ッ」(促音)がなくなる傾向があり、
「蜜柑ミッカン→ミカン」「薬缶ヤッカン→ヤカン」「栗鼠リッソ→リッス→リス」
という例もあります。
大阪では昔ながらの「ニッポン橋」ですが、東京では「ニホン橋」と言います。
江戸で「ニホン」が多くなったので、全体的には「ニホン」が主流になっていました。
1934年、文部省臨時国語調査会が「ニッポン」にしようとしたこともありますが、1つに決めるには抵抗もあり、政府では採択されませんでした。
第二次世界大戦中、特に「大日本帝国」と言うとき、「ダイニッポン」の方が強い感じになるので「ニッポン」にしようとしました。
1964年、東京オリンピックの時も、アルファベット表記ではどちらかに決めなければならないので、「NIPPON」にしました。開会式の行進のプラカードも「NIPPON」になっていましたね。
サッカーやバレーボールの応援の時も「ニッポンチャチャチャ」の方が元気がいいので「ニッポン」です。
しかし、やさしい感じになる「ニホン」は、
「日本髪」「日本語」「日本海」「日本庭園」「日本舞踊」「日本てぬぐい」「日本史」「日本画家」「日本刀」「日本間(洋間に対して)」「日本酒」「日本茶(紅茶に対して)」「日本そば(中華そばに対して)」
などで使われています。
どちらでも日本人は「日本」という漢字を頭に描いて言っているので、どちらでもよいと思うのです。
結局、元気で強い感じを出したい時は「ニッポン」、やさしい感じにしたい時は「ニホン」、どちらにしたら良いかわからない時は原則の「ニッポン」でOK、と説明したらどうでしょうか。
☆3 そもそも 外国語を日本語に取り入れる時 [ i ] [ u ]をつけて日本語に
日本語は外国語から多くの語を取り入れてきました。 外国語を取り入れる時、母音がついていないと日本人には発音できないので、子音だけの音にはすべて母音をつけて日本語にしました。
例えば、わかりやすい英語の例で考えると、「Strike」を日本語にする時、最後の子音の[ k ]だけの発音は日本人にはできないので、[ k ] に [ i ] か [ u ] の母音をつけて「キ」か「ク」と発音しました。
春闘の Strike の時は [ i ]をつけて「ストライキ」、野球では[ u ]をつけて「ストライク」にしました。
というように、「子音」だけの時は「母音性の弱い」、発音しやすい [ i ] か [ u ] をつけて2音節にして日本語にしたのです。
奈良・平安時代も、古代中国語を日本語の中に取り入れた時、[ i ] か [ u ] をつけて発音しやすくしました。それで2音節の「漢字語」の音(音読み)は「イ」「ウ」、「キ」「ク」、「チ」「ツ」で終わる語がほとんどなのです。(その他は「ン」だけ) (*2)
そして、もともと日本語に「存在しなかった」子音音節(例えば [ k ] )の次に子音が続けば、母音は省略した方が発音しやすいということになったのが「促音化」ということです。
例えば「学校」の「学」は単独では「ガク」ですが、「カ行」の他の語とつないで熟語になると、無理に「ガク」と母音を入れず、元にもどるような感覚で「ガッ」に変化した方が言いやすくなるので、「ガクコウ」ではなく「ガッコウ」と発音しました。
☆4 参考までに ― 小さい「ッ」になる「促音化」をまとめてみると (*3)
[ クキ促音化 ]
「ク」と「キ」で終わる語の場合は「カ行」の音が後に続く時だけ、発音しやすいように小さい「ッ」に変わります。(「-キ」は少ない)
-ク+k⁻ → ⁻ッ+k₋ 学校(ガッコウ) (*4)
-キ+k₋ → ₋ッ+k₋ 石器(セッキ)、石鹸(セッケン)
[ ツチ促音化 ]-ツ + k – → -ッ + k – 発見(ハッケン)
-ツ + s- → - ッ + s – 発送 (ハッソウ)
-ツ + t – → -ッ + t – 発展 (ハッテン)
-ツ + h – → - ッ + p – 発表(ハッピョウ)
-チ + k – → -ッ + k – 日記(ニッキ)
-チ + s- → -ッ + s – 日赤(ニッセキ)
-チ + t- → -ッ + t – 日当(ニットウ)
—チ + h- → -ッ + p – 日本(ニッポン)
☆5 ついでに -「 どちらでもいい濁音」について
日本語は、外国語から取り入れた語が多いので、ルールがわかりにくいことがあるのですが、その例として、1つの漢字の読み方が「音読み」だけでもいろいろあることや(*5)、どちらでもよいという読み方が多いということがあります。どちらでもよいと言われると、外国人の日本語学習者は困ります。
例えば、漢字の「読み」の濁点のつけ方も、どちらかに決めているものもありますが、どちらでもいいというものも多いのです。
「豊田」は「トヨダ」? 「トヨタ」?
「大島」は「オオシマ」? 「オオジマ」?
「高田の馬場」は「タカタの馬場」? 「タカダの馬場」?
( 韓国語では、原則として、語頭は清音、語頭でないところは濁音になります。日本語も韓国語の影響と思われますが、日本人はどちらでも発音できるので、ルールを作るのは難しい )
☆6 借用語が多い言語はルール作りが難しい
日本語の特徴は、もともとの日本語の「やまとことば」と中国語から取り入れた「漢字語」の二重構造になっているということです。(*6)
「やまとことば」の基本的な文法体系は骨太の文法がありますが、語彙の部分は外国語を様々な人々がそれぞれ好きなように取り入れたので、きちんとしたルールを作ることが難しく、どちらでもいいとか、あいまいに見える場合があります。全く日本語学習者泣かせです。
これは同じ島国の英語の立場とよく似ています。英語は、もともとのゲルマン系のOld Englishと、ラテン語系のフランス語から来たことばの二重構造になっているので、日本語と同じように、ルールを決めるのが難しいことがよくあります。
例えば、英語の発音とスペリングの関係も、スッキリしたルールを作るのが難しい例です。 英語のスペリングを見ても発音がわからないということがよくあり、また、音を聞いてもスペリングがわからないと辞書をひくこともできず困ります。
(二重構造ではないシンプルな言語構造の言語、例えば、ラテン語系のイタリア語、スペイン語、フランス語などは、大体スペリングを見ただけで発音できます。)
しかし、反面、確かに、外来語をうまく取り入れることによって、面倒だけれども、便利に豊かになっているという面も、日本語と英語の共通点です。
☆7 最後に質問 ― 「なぜなぜ日本」は「ニホン」?「ニッポン」?
どちらがいいでしょう?
‟nazenazenippon”の方がいい。
なぜ?
「なぜなぜニッポン」と2音節の方がリズムがいいからです。音のリズムも大事なポイント。「ニッポンチャチャチャ」のように。
ひとことで言うと
もともと「日本」の音読みは「ニッポン」でしたが、発音の変化で「ニホン」という人も出てきました。日本人は「日本」という漢字を頭に描いているので、どちらでもよいと思っています。
あえて言えば、元気で強い感じを出したい時は「ニッポン」、やさしい感じにしたい時は「ニホン」、どちらにしたら良いかわからない時は原則の「ニッポン」に、と説明しましょう。
――― ( * ) ―――
*1 「2.日本はなぜ『日本』という国名になった?」 参照
日本では、天武天皇が意識して「日本」という国名を使い始めたようです。(7C )
*2 『漢字がたのしくなる本 4 漢字の音遊び』 宮下久夫他 太郎次郎社 1993年
漢字1文字で2音節の音読みが「イ、ウ、キ、ク、チ、ツ、ン」で終わる例は、
「促音ソクオン、発音ハツオン、抵抗テイコウ、採択サイタク、帝国テイコク、開会カイカイ、行進コウシン、応援オウエン、結局ケッキョク、省略ショウリャク、平安ヘイアン、単独タンドク、優先席ユウセンセキ、日輪ニチリン、、、」など。
*3 『漢字と日本語教育』 福田知行 南雲堂 p.40 2000年
*4 「洗濯機(センタクキ・センタッキ)」や「水族館(スイゾクカン・スイゾッカン)」など、今のところ、どちらも使われている例もあります。
「菊川」という地名は、「キッカワ」と言うと、「吉川(キッカワ)」と間違われるので、区別するため意識して「キクカワ」と発音しています。このように区別したい時には便利です。
*5 漢字の読み方(音読み)は、時代や地域によっていろいろ違う読み方が日本に入ってきました。
例えば、「行」という漢字は、「修行」の「ギョウ」(呉音3~7C)、「銀行」の「コウ」(漢音、唐代 7~10C)、「行灯」の「アン」(唐音、宋代以後)など、「音読み」だけで3通りの読み方があります。
「やまとことば」の意味を表す「訓読み」の「行く(いく)」と「行う(おこなう)」を合わせると5通りの読み方があるので、日本語学習者はどの読み方をしたらいいかわからず、1つ1つ言葉を覚えなければなりません。
*6 「やまとことば」と「漢字語」については、カテゴリー「ことば」の中の
「『お受験』という言葉はなぜおかしい?」≪「やまとことば」と「漢字語」≫ 参照